配信でも楽しもう!劇団四季『バケモノの子』で描かれる不格好な“親子”の物語
2023.3.16 19:00劇団四季ミュージカル『バケモノの子』がHuluストアにてライブ配信される。対象は3月19日(日)13時と東京公演の千秋楽となる3月21日(火・祝)13時の各公演。さらにそれぞれのライブ配信翌日の23時59分まで見逃し配信も実施予定だ。このnoteでは、劇団四季史上、最大規模となったオリジナルミュージカル『バケモノの子』レビューと、ライブ配信ならではの楽しみ方をご紹介したい。
昨年、4月30日(土)に開幕した劇団四季ミュージカル『バケモノの子』東京公演がいよいよ千秋楽を迎える。本作はスタジオ地図製作・細田守監督の同名アニメーション映画をもとに、劇団四季内外のクリエイティブスタッフが集結し、新たに創作されたオリジナルミュージカルだ。まず簡単にストーリーを説明しよう。
■『バケモノの子』ストーリー
母親の急逝により、ひとりぼっちになった9歳の少年・蓮が渋谷の街を彷徨う途中、見たことのないバケモノに遭遇する。そのバケモノの名は熊徹。じつは人間が生きる渋谷の街の“裏側”には“渋天街(じゅうてんがい)”と呼ばれる異世界が存在し、バケモノたちが暮らしていたのだ。熊徹は「強くなりたい」と語る蓮を九太と名付け弟子にして武術の稽古をつける。
渋天街ではその地を治めるリーダー、宗師交代の時期を見据え、ふたりの候補者が名乗りをあげていた。ひとりは乱暴者で人望のない熊徹。もうひとりが人格者でバケモノたちからの信頼も厚い猪王山。猪王山は一郎彦と二郎丸、ふたりの子どもの父親でもある。
月日がたち、青年となって武術の腕を上げた蓮(九太)は、次第に自らが何者でこの先どうやって生きていくべきなのか悩み、人間の世界・渋谷の街へと出歩くようにもなっていた。いよいよ次の宗師を決める熊徹対猪王山の試合当日、渋天街と渋谷の街とを巻き込む大きな事件が起き、熊徹と蓮(九太)、そして渋天街のバケモノたちの運命は大きく動きだすーー。
■物語の軸となるふた組の“親子”と登場人物
本作『バケモノの子』で芯となるのはふた組の“親子”の形だ。他者に心を開かず自分ひとりで強くなった熊徹だが、人間の世界から連れ帰った蓮(九太)と暮らす中で、次第に彼に対して(不器用ではあるが)愛情を持つようになり、自分も他者に生かされている存在なのだと気づいていく。一方、蓮(九太)も捨て犬のような状態から、熊徹の背中を追い、渋天街で生き抜く強さを身に着けて、さらにはアイデンティティの獲得へと目覚める。当然、ふたりに血のつながりはないが、“息子”がいつしか“父”を超えうる存在となり、その“息子”に人生の意味を教わった“父”は彼のためにある大きな選択をする。それぞれの心が宿す孤独で結びついた不格好な“親子”の成長の物語がここにある。
また、仲間からの信頼を集め、次期宗師の最有力候補者である猪王山も、長男・一郎彦に対して秘密を抱えながら彼を愛し、家族を守ろうと覚悟を決めたバケモノである。一郎彦も誰より父を尊敬し、その存在に崇拝にも似た憧れを抱く。それぞれが相手を強く想うがゆえにある種の“歪み”を生んでしまった“親子”だ。
この、一見非対称であるが、あるポイントでリンクするふたつの親子の葛藤が軸となりストーリーが展開するのだが、彼らを取り巻く登場人物(バケモノ?)たちも非常に魅力的である。
渋天街で熊徹に文句を言いながらも、彼や蓮(九太)を見守りサポートする多々良と百秋坊、猪王山の次男・二郎丸、バケモノたちを導くリーダー・宗師。渋谷の街で蓮(九太)と出会い、彼に学ぶ楽しさと意味を教える高校生の楓、蓮の母は魂として息子を導く。
■胸の中の剣と人間の心の闇
ミュージカル『バケモノの子』において重要な構成要素となる音楽。中でも特に推したいナンバーが重要なメッセージを担う「胸の中の剣」。胸の中の剣とは、心の中心にある揺るぎない信念や正しい心のことで、生きていく上で指針とも捉えられる。熊徹や蓮(九太)が自ら生きてきた、そして生きていく道を見据えてこの歌を歌う姿に明日を生きる勇気をもらう人も多いのではないだろうか。
その胸の中の剣と対を為すものが人間の心にのみ存在する闇。ある闇と蓮(九太)の胸の中の剣とがぶつかり合い、とんでもない現象が起きるのだが、それが何なのか、ぜひ本編をご覧になって確認していただきたい。
ミュージカル『バケモノの子』は、どの年代の人が観ても、自らの想いを乗せるキャラクターと出会える作品だと確信する。中でも筆者の心に強く刺さるのは猪王山の長男・一郎彦の存在だ。自らの胸の中の剣を磨き、悩みながらもまっすぐにアイデンティティを獲得していく蓮(九太)を妬み、己の心を制御できなくなっていく一郎彦。偉大な父親を愛し、認められたい気持ちが彼の胸の中の剣を錆びつかせていくさまは、今を生きる私たちに強く重なる。アニメーション映画より深く掘り下げられている一郎彦のキャラクターにも注目してほしい。
■配信ならではの楽しみ方
せっかく劇場でなく配信で作品を体感するのだから、配信ならではの楽しみを存分に受け取りたい。たとえば、劇場内では基本的にNGの「私語」「飲食」「大きな声出し」「スマホの電源ON」そのすべてが配信視聴では可能。家族で同じ画面を観ながらお気に入りの登場人物を応援したり、友だちとSNSをつないで同時視聴で感想をやり取りしたり、劇中で蓮(九太)や多々良、百秋坊が作る渋天街名物の「百点鍋」を食べながら観るのも面白いかもしれない。
また、劇団四季が総力を挙げて制作した二重の盆、可動式装置などさまざまな舞台セットや作りこまれた各キャラクターの衣裳、マスク、さらに熊徹と猪王山の巨大パペットなどに注目する視聴もテンションが上がりそうだ。
私たちの誰もが当事者となったパンデミックのさなかに誕生し、多くの観客に他者とのリレーションシップや“胸の中の剣”の意味、そして明日を生きる力を届けてくれた劇団四季ミュージカル『バケモノの子』。劇場での胸の高まりをふたたび体感したい方、それぞれの事情で劇場での観劇が難しかった方、ぜひ東京公演最後の熱をこの配信で受け取ってほしい。
Text/上村由紀子
劇団四季ミュージカル『バケモノの子』Huluストア ライブ配信概要
【チケット料金】5,500円(税込) またはポイントによるお支払い
【販売期間】
3/19(日)公演:3/20(月)21:00まで
3/21(火・祝)公演:3/22(水)21:00まで
【見逃し配信期間】
3/19(日)公演:ライブ終了後、準備が整い次第〜3/20(月)23:59
3/21(火・祝)公演:ライブ終了後、準備が整い次第〜3/22(水)23:59まで
※ライブ配信中の巻き戻し・一時停止はできません。
※こちらは都度課金制のライブ配信となります。
※主催者の都合等により開始時間、出演者、演出及び配信内容等に変更が生じる場合があります。
※チケット購入後の公演の中止または延期以外の理由によるキャンセル・払戻しはできません。
※アプリ内決済ではポイントでのみ購入できます。
※必要なポイント数およびポイントの購入価格は視聴画面をご確認下さい。
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【取材・文】上村由紀子(演劇ライター)
大学の演劇科を卒業後、舞台作品や映像への出演、FMラジオDJなどを経て取材の現場へ。幼少時からの観劇本数は約4000本。演劇・ミュージカルの専門家としてTBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界)、『アカデミーナイトG』、日本テレビ『行列のできる相談所』等のメディア出演や番組監修、トークイベントの構成・司会も多数。